2018年09月02日

小説 遠い夏の日の南薩線(6)

 伊作駅のホームを挟んで並んだ上りと下りの二本の列車は、それぞれ短い警笛を鳴らして、ゴトゴトと発車した。
 伊作駅は大きな半円状のカーブの途中にあり、豊たちの下り列車の窓から、上り列車が側面をこちらに見せながらゆっくり走り、やがて反対側にカーブを切って坂の向こうに消えていくのが見えた。

(あの父子、どこまで行くんだろう……)

 ふと車内を見回すと、日置を出た時と比べて、だいぶ乗客が入れ替わっていた。
 父親は大きく伸びをした。
 日置からは父親が煙草を吸ったという記憶が、豊にはない。実際には何本かは吸ったかもしれないが、それよりも父親の楽しげな顔が強烈に印象に残っている。
 進行方向左側に遠く金峰山が望まれるあたりでは、刈り入れ中の田んぼが線路の両側に広がっていた。

「ここらは、日本でも一番最初に稲刈りができるんだ。超早場米、と言って」

 父親は豊に教えてくれた。
 先ほどの続きのような昔話もした。

「子供の頃はな、家族みんなで南薩線に乗って、鹿児島市内にも遊びに行ったもんだ。鴨池の動物園とか、山形屋とか。夏になると、山形屋の階段には、大きな氷柱が出してあって、それを手が赤くなるまで触ったりしたもんだ」

 すっかり人が変わってしまって、嬉々として語る父親に相槌を打ちながら、いつまでもこのままの父親でいてほしいと、豊は強く願うばかりだった。

 西駅を出てから一時間半ほどで、一両列車は加世田に到着。
 加世田駅の構内には何両かの丸型や箱型のディーゼルカーが休み、側線にはとうの昔に廃車となった客車や貨車が朽ちるに任されるまま留め置かれていた。
 豊はそれらにも軽く驚きながら、父親の後を追い、他の乗客らとともに、加世田駅の改札口を抜けた。

 加世田から先も水害で不通となっており、伊集院で見たのと同じような代行バスが乗り継ぎ客を待っていた。
 それを横目に、父親は駅前の公衆電話ボックスに入り、二か所に電話をかけた。
 一か所は、これから行く父親の実家のようだった。
 もう一か所は、ガラスのボックスの向こうから漏れ聞こえる声の様子からして、実家にいる母親だろう。
 ボックスから出た父親は豊に声をかけた。

「さ、行くぞ」

 しかし、もうその顔には先ほどまでの柔和さは無かった。


(7)へ続く

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Posted by 植野 丈 (吉松真幸) at 15:34│Comments(0)創作
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