2017年07月18日

初献血

高校時代の僕は、今よりずっと、はるかに人の役に立ちたいと思っていた。

その思いの強さは、熱意というものもはるかに超えた、欲求のレベルまで高まっていたと思う。

それは、若かったからだろうか。

それとも、大人になろうと背伸びをしていたからだろうか。

あるいは、高校に入ってから勉強も何もかもダメダメだったから、「世の中にとって必要な人」という実績・・・自分を納得させるための実績が欲しかったからだろうか。

そんな僕にとって、16歳の誕生日は特別な意味を持っていた。

16歳になれば、献血ができるようになる。

そして迎えた16歳・・・当時最も身近なところにあった献血できる場所は、天文館の献血ルームだった。

しかしその頃の僕にとって、天文館は実際の距離よりも遠いところにあった。

それは母親が僕に対して過保護なところがあって、天文館のような繁華街に一人で行くことに難色を示していたからだ。

僕も僕で、もう大人の入り口に立っているような年齢だったのに、母親の言いなりになっていた。

学校の試験の絡みなどもあったりして、結局献血ルームに行けたのは、誕生日から1か月以上も過ぎた、春休み目前の土曜日の午後の事だった。

それも、映画を観にいくことを口実にして、なんとか許しを得た天文館行きだった。

映画は、宮沢賢治原作の『風の又三郎 ガラスのマント』。

映画の前に、献血。

献血ルームは、想像していた以上にゆったりとした雰囲気だった。

何もかも初めてだったが、スタッフの方々も慣れたもので、アンケート、検査のための採血、そして本番の採血と、順調に進んでいった。

その当時はまだ血液の比重を測るのに硫酸銅溶液を使っていて、試験管の中に落とされた一滴の血がゆらゆらと沈んでいくのが印象的だった。

血液型も、パレットのような盤の上で試薬を使って調べていたような気がする。

今だったら、計測器でほんの一瞬、の作業なんだろうけど。

ゆったりとした椅子に仰向けになり、採血。

腕の上を這うようにくねっているシリコンチューブの中を、自分の真っ赤な血液がすうっと流れていき、チューブに触れた腕が自分の血の温もりを感じた時、ゾクゾクと身震いした。

200ml献血だったからあっという間に終わり、後はソファでフリーのお菓子をつまんだり、これもフリーのドリンクを飲んだりして、映画までの時間をつぶした。

ちなみに、頂いたお土産? の中に、今でも定番の練り歯磨きの他にいくつか細々としたものが入っていて、サザンピア21の入場チケットまであった。

たしか鹿児島市制100年記念の都市博覧会、サザンピア21はすでに始まっていて、見物に行きたいと思っていたので、なんかすごく嬉しかった。

サザンピア21と、献血の後に観た映画『風の又三郎 ガラスのマント』については、また改めて書こうと思う。


同じカテゴリー(89→91)の記事
 ちびまる子ちゃん、平成とともに (2018-08-28 21:16)
 風の又三郎 ガラスのマント (2017-07-26 21:22)
 天皇陛下崩御 (2017-07-08 17:02)
 UFOキャッチャーと初めて出会った日のこと (2017-06-25 16:03)

Posted by 植野 丈 (吉松真幸) at 19:40│Comments(0)89→91
※このブログではブログの持ち主が承認した後、コメントが反映される設定です。
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。

削除
初献血
    コメント(0)